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老舗オーダースーツの銀座英国屋に学ぶ園のマネジメント
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<本文のポイント>
・課題は人を成長させるために現れる
・マネジメントシステムを今の職員の成長に合わせる
・ブラしてはならない軸の設定
・常識を疑うことで改革は面白いようにうまくいく
「目の前の課題は自分に何を教えるためにやってきたのか?」
人生、山あり谷ありとはよく言ったもので、
都合の良いことばかりではなく、
悪いことや困難ばかりに苛まれる時期もあるものです。
ライフステージや経験値によっての違いはあれど、
どちらかというと、困難の方が多いように思います。
苦しい時間と楽な時間どっちがいいか?
と問われれば、誰もが楽な時間と答えるでしょう。
ただ、「楽な」時間と「楽しい」時間もまた違います。
「楽な」は成長が伴わないので、
これを長く選択し続けることによって必要な筋力が退化し
やがて機能不全を起こします。
一方「楽しい」には乗り越えたという達成感(=成長)が
伴いますので、“乗り越える筋力”が増強され、
次のステージに向かう機能が強化されることになります。
そしてこの「楽しい」の手前には必ずと言っていいほど
「苦しい」ステージが存在します。
この「苦しい」とどれだけ対峙できるか?が
成長を実現する上では重要なファクターになりますし、
どれだけ乗り越えた経験をしているか?で
仕事も人生も、幅も深みも増していきます。
「目の前に現れる課題は君に何かを教えるために現れる」
こんな風に教わったことがあります。
ここでいう課題とは、「嫌だな…」と感じるすべての事象で、
これを放置するとその課題は形を変えて必ずまた現れる、とも言われ、
恥ずかしながら実際にそういう経験を沢山したものです。
しかし、一度自分が嫌だなと思う課題と向き合い、
それを乗り越えた時点でその課題は課題ではなくなるのです。
こうして課題を乗り越えることで、
仕事でもプライベートでも担える役割は増えていきます。
役割が増えれば人に頼られるし、信用もされます。
そして感謝されることだって増えていきます。
これこそが、人生における「楽しい」の正体だと思うので、
個人的にはなるべく早くたくさんの課題に出会い、
そしてそれを「乗り越えた!」という
経験を積んで大きく成長してほしいと思っています。
ただ、今のような時代は、
この“苦しいフェーズ”に個人任せで向き合わせてしまうと、
組織にとって良からぬことが起きてしまうのも事実です。
苦しみというと聞こえが悪いので「課題」とし、
個人に降りかかる課題に対して、
乗り超えるための環境を組織としてどう整えているか?
この辺りが令和時代に成長する組織か否かの
ひとつの分岐点になると思います。
さて先日、オーダースーツの老舗で有名な
銀座英国屋の小林英毅社長の話を聞きました。
まさに、どん底の苦しみを乗り越えた話で、
幼稚園経営にも通底する事例もたくさんあります。
創業50年を超える幼稚園が増えている中で、
斜陽産業である創業80年の老舗スーツ店の挑戦は
何よりも勇気を与えてくれます。
銀座英国屋は1940年創業の老舗オーダースーツ店で、
最盛期は全国11店舗で16億の売上がありました。
時代の流れとともにカジュアル化が進み、
2010年頃の「既製品で十分」という時代が到来で、
英国屋のような高級スーツをフルオーダーで仕立てる人が
激減するに伴い大幅に売り上げを落とすことになります。
そして2020年、コロナウィルスの影響で、
銀座の通りは静まり返り、顧客の足は一斉に止まり、
売上は前年比で80%の大幅減となり会社存続の危機に見舞われ、
ここから小林社長は改革を一気に進めるのです。
実施したのは次の3点です。
①価格の適正化
→最低価格をそれまでの19万円から22万円に適正化
→セール(安売り)の類を一切やめる
②WEB戦略の抜本的見直し
→「偶然来店」VS「目的来店」
・オーダースーツは偶然来店(ウィンドショッピング)で購入しない。
・事前に徹底的に調べて「買うと決めて」来店する客が全体の9割。
・この前提に立ったWEBサイトを構築している。
https://eikokuya.co.jp/
③創業期から変わらぬ理念(コンセプト)の再定義
→「信頼を得られる装いの提案」
これこそが、英国屋を英国屋たらしめるフレーズで、
「本物のスーツは、人を一段上へ引き上げるものだ」
という創業者小林三郎氏は、
何よりも「信頼」に重きを置いていた。
この創業期からの変わらぬ「ブランド」を再定義し、
英国屋の一番商品として「匠のフィッティング」を
無料体験として提供している。
さて、ここまでの話は比較的分かり易い復活の具体的施策です。
ここからが小林社長らしい改革で、
リーダーシップをそれまでのトップダウン型から、
サーバント・リーダーシップ型に変えて、ボトムアップ型で
現場の意見をとにかく経営に反映するように変革しています。
上記の施策も次の2軸で成功へと導いています
<1軸目>
「それは社員をサポートする施策なのか?」
これを問い、答えがYESなら実行し、NOなら留まる。
社員をサポートする施策は全社員が前向きに取り組むので
実行スピードもクオリティも高い状態で進む。
<2軸目>
「ベテラン幹部が現場に説明する」
トップがベテランに説明し、理解されるか?
もし理解されれば同時に支持も得るので、実効性が高まる。
理解されなければ、現場に浸透しない。
何よりも現場に近いベテランが納得して説明することで、
「この人が言うならきっと良い施策だろう!」
という安心感が現場に生まれる。
こうして実施した施策が、
「銀座本店の閉鎖」や「期待値のコントロール」です。
売上の40%を支えていた銀座本店の閉鎖では
社内でも大きな不安が渦巻いたと言います。
ただ、小林社長には勝算があり、
前に触れたとおり、オーダースーツは9割が
「目的来店」なので、リピーター顧客のケアに
十分な労力を割くことで売上下落を防げると考え、
実行したところ、殆ど売り上げを落とさずに
銀座本店の閉鎖を実現することができたのです。
期待値のコントロールは、
「信頼の獲得」を提案している英国屋において、
信頼を失墜させる可能性の芽を摘むことは
最大のリスクマネジメントになると考え、
「期待値を上げすぎない」ために、
顧客に対して常に誠実であり続けることを実践しています。
誠実の実践例では
自社サイトの表現も誇張や自社都合の体のいいセールス方針などは
一切行わず、「匠のフィッティング」や「パタンナー」の技術を
全面に出して、それを疑似体験できるように分かり易く表現しています。
また、採用面でもこの誠実さはユニークに機能しています。
採用選考を終え、内定通知を出した後に
「何を質問してもいいよ」という場を設け、
内定者と面談を実施します。
内定=応募者が選べる立場
この環境でこそ本当に聞きたい質問が出てくる、
と小林社長は考え、実施しているのですが、
英国屋の誠実さが表れた実に素晴らしい取り組みといえます。
今のような”超売り手市場”かつ、
発信者都合でいかようにも期待値を上げられる
ソーシャルメディア全盛期は、
「誠実さ」を「リアル」で提供することは
信頼関係構築上最も有効な手段になると思います。
顧客とも社員とも、こうして信頼関係を重視した
小林社長の経営戦略の真骨頂は信頼関係維持の仕組みにあります。
評価制度も「成果」ではなく、行動(試行錯誤)を
評価する仕組みになっていて、
お客さんとの信頼関係を構築するための「チャレンジ」が
出来たか否か?で評価する仕組みになっているそうです。
営利企業は成果のみで評価すると、
成果を出すために他人を出し抜くような不当な競争が
勃発するというのはよくある話です。
これを防ぐために評価の軸に「成果」ではなく「試行錯誤」を置く
というのは社員のやる気を引き出す施策としては申し分ありません。
何よりも顧客との信頼関係構築に対する自分の行いのすべてが
評価の対象になるわけですから、
それは、お客さんに喜んでもらうための試行錯誤の繰り返しが
全社員にとっての行動目標になります。
つまり、全社員が目の前の顧客に対して
「信頼を得られる装いの提案」を実施しているので、
顧客と信頼関係が構築できないはずがありません。
お客さんに信頼されて、その行動も評価されれて、
実際に業績も上がっていくわけですから、
仕事が楽しくなります。
英国屋の社員はみな楽しそうに仕事をします。
その裏側には社長をはじめ経営陣と現場で信頼関係があり、
明確なブランドコンセプトがあって、
この軸に沿って行動すれば自ずと結果が出るため
「安心して」仕事をすることができるのだと思います。
今年から一本化した処遇改善等加算では、
これまで通り満額でこの加算額を取得しようとする場合、
評価制度と賃金テーブルの構築がとても重要な要素になってきます。
まだ何とも言えませんが、
今のところ評価制度が整備されていないことで
区分①の基礎分が取得できない可能性があります。
これから整備する場合は、
「試行錯誤の評価」を軸に評価制度を整えて、上手に運用し、
職員のモチベーションを高い状態で維持することに
チャレンジしてみるのがよいと思います。
因みに英国屋の小林社長は伝統とブランドは継承し、
それ以外は今の時代に働く社員にとって必要なことだけを残しながら
改革を推進してきたようです。
それは紛れもなく社長就任のタイミングで襲ってきた
それはそれは大きな課題に向き合って、乗り越えたからこそ
できたチャレンジだったのではないかと思います。
時代は少しずつですが、確実に流れています。
この流れを程よく敏感にキャッチし、
微修正を図りながら時代にフィットしていくのが経営です。
今、目の前にある課題は、皆さんの前に何を教えるために訪れているのでしょうか?
大きな課題になる前に一度じっくり考えてみるのもいいかもしれません。